インプラント体験談


インプラント体験談

S・Sさんのインプラント日記
プロレスラー谷津嘉章様の気持ち
ボヌール号船長のインプラント体験記
人生を楽しむために Y・Hさん
 

人生を楽しむために Y・Hさん

1.プレ・プロローグ
「このまま持たせるだけ持たせましょう。どうしようもなくなったら、下と同じようにしましょう」
この時、左上奥3本はブリッジで、そのブリッジを支える自分の歯が虫歯でぐらつきだしていました。
下は両奥歯が3本ずつ欠け、マグネットの顎付の入れ歯にしていました。
「先生の所ではインプラントはしないのですか?」
「しますよ。でも下の歯だけ。上は骨が薄いから出来ないんですよね。」
「そうなんですか」
これは、20年来の私のかかりつけの歯医者さんとの会話です。


そうして1年、ブリッジを支える自分の歯が欠け、ついにブリッジが取れてしまいました。
 
2.プロローグ
「入れ歯が入っているだけで嫌なのに、さらに上も入れ歯なんて・・・・・。」
「入れ歯だと発音しづらい(聞き手には聞きづらい)けど上下入れ歯だともっと話しづらくなるのだろうか・・・・・。」

また、取れたブリッジの箇所は普通に笑うと歯がないのがわかるため、口を閉じたまま微笑む程度になっていました。
左上のブリッジが取れたため、当然、物を噛むのは右側だけになりました。
歯磨きには人一倍気を使い、「上手」と褒められているのに何故なんだろう・・。


「もっと普通にしたいなぁ。普通に食べ、普通に笑い、普通に話したい。」


“インプラント”については、1年も前から本を読んだり、インターネットで調べたりして、その素晴らしさは充分すぎるほど理解していました。
メリット・デメリットを考えるとメリットのみでした。唯一費用がかかること以外は。
団塊の世代の私には、家・家族への投資はしても「自分のために投資する」ことに抵抗があります。しかし、子供たちも大学を出て学費の負担もなくなり、「そろそろ人生を楽しむため、自分への投資をしてもよい」ころかと考えるようになってきていました。そして、まず考えたのが「歯を治す」ということでした。
「人生を楽しむ=歯を治す=インプラント」と考えていた私には、インプラントにかける費用がかなりの額になることは予想していました。しかし、これは“費用”ではなく“投資”なのです。これからの人生を楽しむための自分への投資なのです。


そうと決まればあとは行動するのみです。インプラントの専門医を探すことです。
(20年来のかかりつけの先生、ごめんなさい)

・ インプラントの実績の豊富な歯科医院にかかること。
・ アフターケアの充実した治療を行ってくれるところ。
・ 通いやすい場所であること。
・ そしてスタッフの方が親身になってくれること。


インターネット、健康雑誌の特集記事、本などを調べました。
色々な情報が氾濫しています。インプラントとは、アフターケアは、費用は、・・・。
でも自分に当てはめた場合、具体的にどうするのがベストなのかは、いくら調べても想像の域を脱しません。歯科医院のホームページの「無料カウンセリング」に行くことが最良と思い電話をかけました。
3.2006年3月「出会い」
「インプラントの件でカウンセリングを受けたいのですが。」と私。
「14時で如何ですか。」とスタッフの方。
「その時間にお伺いします。宜しくお願いします。」


この瞬間から私と「東京銀座歯科」との付き合いが始まりました。
インターネットで調べた歯科医院のうちの第一候補でした。


「カウンセリングで何を聞くか」を頭の中で整理しながら「東京銀座歯科」のあるビルのエレベーターに乗り込みました。
8階につきエレベーターのドアが開くと、そこはもう「東京銀座歯科」の中でした。
「先ほど電話でカウンセリングを予約したXXです。」
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ。」とカウンセリングルームへ案内されました。
ここで「インプラントとは」「治療方法は」「治療期間は」の説明を受け、最も知りたい「私の場合は」を尋ねました。私の歯の状態を知るためにレントゲンをとり、「私の場合」について説明してもらいました。概算の費用見積もりも2通りありました。私は過去の歯の治療歴を話し、先生からはインプラントの出来ないケースの話もあり、インプラント以外の部分の歯の治療方針も説明を受け、トータル的な治療提案をして頂きました。
まさに私の望むところでした。
「治療を行うためには立体画像を使うので、そのためのCT撮影が必要になりますがどうされますか。回答は帰って充分検討されてからで構いません。」私は即座に「お願いします。」と答え、CTの予約を入れてもらいました。
このカウンセリングは約2時間。住先生、佐藤先生、歯科衛生士の稲田さん、伊澤さんとの話し合いは充分満足のいくものでした。
「一緒に頑張っていきましょう。」という稲田さんの言葉に、「私の歯のホームドクターはここ」と決心しました。カウンセリングが終わったとき、インプラントが完成した時の「幸福感・充実感」をイメージ出来るまでになっていました。

このカウンセリングでは「費用が高いので考えさせて下さい」と即決せず持ち帰ることも、「今回は止めます」と断ることも出来る雰囲気であったことを付け加えておきます。
4.2006年6月25日「正式申し入れ」
カウンセリングの翌日の6月11日にCT撮影を行い、CT画像の解析が出来た2週間後、その画像を元に「私の場合」の治療方法について詳しく説明を受けました。下にインプラントを左右2本ずつの4本、上に2本の計6本を入れ、それぞれがインプラント2本でブリッジにして3本にするというものです。
「イミディエートファンクション」というその日のうちにインプラントを埋め込み仮歯まで入れるという最新技術を用い、また上は骨が少ないので骨を増やす「サイナスリフト」を用いるというものでした。ここで正式見積もりも提示されました。
私は即座に「お願いします」と答えました。


「これで入れ歯ともお別れだし、歯もきれいになる」
という念願の希望がかなう第1歩を踏み出した充実感でいっぱいになりました。
5..2006年7月1日「診療開始」
いよいよ診療開始です。
歯の状況をチェックして、インプラント手術は1週間後の9日と決まりました。
「歯磨きは上手ですね。きれいに磨けています。タバコは止めるといいのですが・・・。
せめて手術後暫くは止めて下さいね。」

日に10本以上吸っていたタバコを「今日を限りに止めよう、一生使えるインプラントにするために。」と自分に誓いました。
6.2006年7月9日「インプラント手術」
朝9時30分に「東京銀座歯科」に行き、個室で手術着に着替え手術室に入りました。まず、私から自慢の報告です。「タバコやめましたよ。」「わぁ、すごい。絶対上手くいきますよ。」
中平先生と、スタッフのみなさんとの万全の体制が組まれていました。
私は手術のベッドに寝ているだけです。2時間位の手術だったようです。というのも局部麻酔なのに記憶が定かでなく、どうやら手術中寝ていたようです。それほどに痛みも無くあっさりと終わっていたのです。

下は両奥歯に2本ずつインプラントを立て仮歯まではいっています。すなわち「イミディエートファンクション」。上は骨を増やすための「サイナスリフト」をしました。
まだ、力を入れて噛むことは出来ないので飲む栄養での食事「ウィダーインゼリー」。キムタク気分です。夕方5時。今日の予定は全て終了。今後の食事メニュー表を貰って帰宅の途につきました。
7.2006年7月20日「術後10日」
今日はインプラント手術の時の抜糸です。手術後10日。食事メニューを守り、もちろんタバコも吸わず、インプラントの定着状況は極めて良好とのことでした。
どうやら私は「東京銀座歯科」の優良な患者になったようです。
自分のことのように私に対応してくれる先生・スタッフの暖かさに「私の歯のホームドクターはここ」と決めてよかったとつくづく思いました。
「松山に帰らないでね、稲田さん」と心の中でつぶやくのでした。
8.2006年7月29日「術後20日」
手術後20日経過。インプラントの状態は非常に良好です。仮歯なのにとてもしっくりとしてうれしい限りです。上の右の数本は“銀歯”なのですが、この“銀歯”も同様の材質で被せ直してもらうことにしました。こう書いてくるとすべての歯がダメだったんですね。なおのこと出来上がりが待ち遠しくなりました。
9.2006年8月6日〜9月9日「他の歯の治療」
上の右側の歯の治療を開始しました。被せてあった銀歯を外し、根の治療です。
この治療に4回通いました。
上の歯の治療も終わり仮歯が入りました。
後は型を採って正規の歯を入れる段階まで来ました。
唯一未治療の下の前歯もホワイトニングをしてもらうことにしました。
全ての歯の色の選択はプロの稲田さんにお任せすることにしました。
10.2006年9月30日「人生の激震」
ここからは歯の治療の話ではありません。私の人生にとっての大事件であり、そこには「東京銀座歯科」の皆さんの暖かいサポートがありましたので、是非書かせて頂きたく敢えてペンを走らせました。

「先生、今年はコレステロールも下がっているから異常は出ないですよ」と私。
「コレステロールはいいけど、ここに影があるんだよ」とかかりつけの先生。
「精密検査を受けたほうがいいから病院を紹介するよ」

これは毎年受けている健康診断での胸部レントゲン写真を前にしての先生と私の会話です。
去年のレントゲン写真にはなかった影が今年は写っているのです。

紹介された病院での精密検査は2週間かけ多岐にわたりました。胸部レントゲン、CT、脳MRI、骨シンチ。そして細胞の採取。
病名は「肺がん2期」。
手術を受けるためさらに紹介された別の病院に入院し、その翌々日、左肺下半分の摘出手術を受けました。術後10日間は摘出部分の痛みがあり、ベッドでの寝返りもままならず、咳をしたときの痛みもかなり辛いものでした。

入院期間中、東京銀座歯科の皆さんとの携帯メールのやり取りや、皆さんの暖かい励ましがどれ程励みになったかは言うまでもありません。
「がんに負けてたまるか。絶対治ってみせる。インプラント以上に自分の体を持たせないと・・。」
“インプラント”が“生”へのモチベーションになっていたのでした。

幸い、手術も成功し、順調に快復し1ヶ月半の入院生活から開放され、通院による治療になりました。インプラントをきっかけにタバコを止め、健康に留意するようになっていたことが、「肺がん」という病気に打ち勝つ原動力になったと心底思っております。
 (もう1年早く「東京銀座歯科」に行っていれば、肺がんにならずに済んだかも。)
 また、入院時の規則正しい生活を退院後も極力続け、食生活も野菜を多く取るようにし、ストレスを受けないようゆったりとした生活を心がけるようになりました。健康であることの大切さを改めて痛感しております。
11.2007年1月14日「治療再開」
3ヶ月間の闘病生活の間、歯の治療は全く出来ず、歯の状態も仮歯のままでしたので、非常に気になっておりました。
病気のほうは通院治療を続けており、投薬による抵抗力・免疫力の低下によるもろもろの感染が懸念されるため、充分すぎるほどの用心が必要な段階であることを、約3ヶ月振りに「東京銀座歯科」に行き、中平先生はじめスタッフ皆さんに説明させていただきました。

「体調のいい時に、しかも感染症の心配の無い範囲をゆっくりと進めて行きましょうか。」
ここでも皆さんの優しさに涙する思いでした。

そうして、仮歯状態であるインプラントの型取りから始めました。

病気治療の通院は暫く続きます。上の骨を増やした箇所のインプラントはまだこれからです。
最終的に全て完了するのが何時なのかはまだ見えません。しかし、「インプラント=人生を楽しむ」は必ずやって来ます。その日を楽しみに、そして予約のお知らせメールの文面の心遣いに心和ませながら「東京銀座歯科」に通い続けたいと思います。
 
 


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